Threadsの自動投稿を作ってみたとき、最初に思っていたのは「これで投稿がかなり楽になるかも」ということだった。
実際、楽になったところはある。でも、全部がきれいに自動化できるわけでもなかった。やってみてわかったのは、「向いていること」と「結局は人が見た方がいいこと」がかなり分かれるということだった。
最初に想像していた自動化は、少し派手すぎた
最初の頃は、ボタンを押したらネタが出て、文章ができて、そのまま投稿まで流れていくようなイメージを持っていた。
でも実際は、テーマを考える、文章を作る、トーンを確認する、変なものを弾く、投稿後の様子を見る、みたいな工程が普通に残る。完全自動というより、途中の面倒を少しずつ減らしていく感じの方が近かった。
向いていたのは、繰り返しの部分だった
やってみて相性がよかったのは、毎回ほぼ同じ流れで進めるところだった。たとえば、テーマから下書きを作る、保存する、スケジュールに沿って処理する、みたいな部分。
こういう繰り返しは、仕組みにしたときの楽さがわかりやすかった。毎回ゼロから書くより負担はかなり減るし、続けるハードルも下がった。
向いていなかったのは、温度感の最終判断だった
逆に、最後まで任せきりにしにくかったのは、口調やニュアンスの調整だった。
文章としてはきれいでも、自分のアカウントで出すには少し違うと感じることがある。説明っぽすぎたり、やさしすぎたり、逆に軽すぎたり。そのへんは結局、人が見た方が安心だった。
たぶん投稿文って、正しさだけじゃなくて「この人っぽさ」がかなり大きい。そこは最後まで自動にしなくてよかったと思っている。
楽になったけど、放置していいわけではなかった
自動投稿を作ると、たしかに毎日の負担は減る。でも、それで完全に放置していいわけではなかった。
同じようなネタが続くこともあるし、トーンが少しずつずれることもある。反応を見て微調整したり、止めた方がよさそうな動きがないかを見るのは、人がやった方がよかった。
その意味では、自動投稿は「何もしなくてよくなる仕組み」ではなく、「毎日の面倒を減らしながら、確認は残す仕組み」だった気がする。
やってみて、自動化の意味が少し変わった
最初は、自動化って「全部勝手に動くこと」だと思っていた。でも今は、「自分がいなくても回る部分を少しずつ増やすこと」の方が近い気がしている。
この考え方に変わってから、かなり楽になった。全部を完成させようとしなくていいし、どこを人が見るかも決めやすい。自分にはそのくらいの距離感の方が合っていた。
まとめ
Threads自動投稿を作ってみて向いていたのは、繰り返しの処理を減らすこと。向いていなかったのは、アカウントの温度感まで完全に任せることだった。
いま思うと、自動化はゴールというより、調整しながら使い続ける道具だったのかもしれない。そのくらいに考えた方が、変に期待しすぎずに済む気がする。
先に流れを見たいなら、AI自動化で時間を溶かした話、AI自動化で失敗しやすかったパターン3つ、AI自動化で最初に削った方がよかった工程 の方がつながりやすいです。
最初の頼み方や進め方をもう少し具体的に見たい人向けに、noteで失敗パターンと直し方をまとめています。
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